2016年3月20日 ルカの福音書 ーイエスを人の前で認めるー

そこで、あなたがたに言います。だれでも、わたしを人の前で認める者は、人の子もまた、その人を神の御使いたちの前で認めます。
ルカ12:8


講解説教No.68
ルカ12章8-12節

 きょうイエスが問いかけておられるのは「あなたがたはわたしを人の前で認めるのか?それとも知らないと否定するのか?」です。おびただしい群衆が注目するときに弟子たちに問いかけたのです。教会の人たちの前で主を認めるわけではなく、イエスを知らない人、どっちつかずにいる人たちの前で主を認めるのです。原文から人の前で主を認めるとは、イエスと同じ言葉を語る、となります。それは相手の語ることに同意し、自分も同じ思いであることを言い表すことです。9節の「わたしを人の前で知らないと言う者は…」は、人の前でイエスと自分との関係をどう言い表すのか」ということがポイントとなります。そのためには自分がどういう立場であるかを言い表すことも大事になってきます。すなわち神の前に罪深い者であって、救いを必要とする者だということ、キリストが私のために十字架で死なれたこと、三日目によみがえられたこと、私にとってその方はまことの救い主であるということを言い表すことで、イエスとの関係が明確になります。そのようにイエスと自分との関係を人の前で言い表すのです。そのようにイエスとの関係を言い表した者を、イエスは本物の弟子として認めてくださいます。正直、確かに人前で言い表したら波風が立ちます。師であるイエスは波風どころではありませんでした。ですから良いのです。むしろその切羽詰った状態の時に主を認め続けることが求められているのです。恐れる必要はありません。聖霊の助けを与えてくださいます。聖霊は人々の前で、自分とイエスとの関係を言い表すべきことばを教えてくださいます(11,12節)。ですから宣教において不利な立場に置かれたとしても問題ありません。聖霊は教える責任があり、私たちはその教えを信頼して守る責任があります。