2018年4月29日 ペテロの手紙第一 -万物の終わりに備えて-

講解説教No.22
Ⅰペテロ4章7~8節

万物の終わりが近づきました。ですから、祈りのために、心を整え身を慎みなさい。                        
Ⅰペテロ4:7


 ペテロは万物の終わりが既に来てしまっている(終わりではないが)、だから武装しなさいと命じています。迫害や困難に備えての武装をし続けているわけには行かず、万物の終わりに目を留めなければなりません。そうすることが結果として試練に耐えることになります。万物の終わりを見据えてすべきことが、祈りの生活のために心を整えることです。現実の生活から遊離した思いではなく、そのただ中で切迫した終わりの時を待つことが求められています。万物の終わりとは主のさばきの時であり、主が救われた者を迎えに来る時です。これを動機にすると現実を見据えつつ心を整えることができるのです。もしそうしなければ、世の煩いに信仰者の心は沈み込むと聖書は警告しています(ルカ21:33,34)。もう一つすべきことは身を慎むことです。万物の終わりを見据えて自分のからだを自制し、節制することです。私たちは既に罪の支配から解放されているので、欲に引かれることはあっても、罪から離れることが出来る立場にいます。その上でその身を節制するように呼び掛けています。現在節制が必要なことがありますか?もしあるなら、健康のため、健全な生活のためではなく、万物の終わりを待ち望む生活のために節制しましょう。このようにして私たちは心と身体に良いことをして祈りの生活に備えるのです。これらが神に対して行うこととして語り、次にペテロは人に対して行うこととして、「互いに熱心に愛し合う」ことを命じています。その理由は「愛は多くの罪をおおうからです」と述べています。もし私たちが兄姉たちの小さな欠点や失敗を赦すことをしないとしたら、万物の終わりを見据えることが出来なくなります。迫害や困難が増してくる終末において、クリスチャンの失敗や罪も増すでしょう。もちろん罪を犯した本人は神の御前に悔い改めなければならないのですが、問題はその罪や欠点を受けた兄姉たちが、相手の犯した過ちを赦すことができるかどうかなのです。